茨城の巨人伝説-貝塚はダイダラボウが作ったものだった?

茨城県にも昔から巨人伝説が語り継がれており、水戸市の大串貝塚にあるダイダラボウの巨人の話は、常陸国風土記にも記載されています。

今から1300年ほど前に編纂された奈良時代初期の常陸国風土記の那賀略記には、

この地にいた巨人の体は極めて大きく、丘の上に居ながら、その手は海辺の貝をほじくっていた。その食べた貝殻が積もり積もって丘となった。この地は大朽(おおくち)と呼ばれていたが、今は大櫛(おおくし)の丘という。巨人の足あとは長さが(人間の歩幅にして)40歩、幅20歩あまりの大きさだった。

常陸国風土記より-wikipedia ,大串貝塚ふれあい公園案内板から概要を抜粋

というような記述がされています。

大串貝塚の案内
大串貝塚の説明板(クリックで拡大します)

貝塚の断面図
貝塚の断面図(クリックして拡大します)

ここの貝塚は今から約5000年以上前の縄文時代前期に作られたものとされ、今より気温が高く、海抜が1〜2mほど高かったので、海岸線が内陸部まであったのですぐ側は海だったそうです。何でも文献に記載されている貝塚では世界でも最も古いものだそうです。

 

ダイダラボウの伝説

ダイダラボウにまつわる話は主に

  • 山を動かした、山に座っていたなどの山に関するもの
  • 巨大な足あとを残した
  • 貝塚を作った
  • 湖や沼、川を作った

というものが主です。

ダイダラボウの足あと
常陸国風土記に記載されている巨人の足あと

日本の神話には、土地を作った神や、土地の形を形成したとされる神についての神話が残されています。ダイダラボウの巨人の話もそのように人間の力を超える自然の力へ対する尊敬のような形でこのような伝承を語り継いできたと学者の間では推測されていますが、日本全国にこのように巨人伝説が多く、また詳しく残されているのも、人々の自然に対する脅威とは別に、もしかすると本当に巨人がいたことを伝えているのかもしれません。

 

茨城県でも足あとや湖をダイダラボウが作ったとされている場所が多数存在しています。

茨城のダイダラボウの伝説

 

くれふしの里古墳公園と大串貝塚古墳公園のレポートです。

動画にも紹介しましたが、埋蔵文化財センターの前にはこの地に伝わるダイダラボウの伝説の話が石碑に刻まれていましたので、概要を載せておきます。

ここに住んでいたダイダラボウは、村人の迷惑になってないか常に気にしている気が優しい巨人で、みんなから好かれていました。

近くに大きな山があったので、村が日陰になってしまっていて、作物があまり取れず、村は貧乏でした。村人はあの山がなかったらといつも嘆いていたそうです。

そこでダイダラボウは、村人のために山を動かしてしまい、日光が良くあたるようにしたそうです。

しかし動かしたあとの窪地に水たまりが出来てしまい、雨が降ると水が溢れて村が水浸しになってしまいました。

困ったダイダラボウは、指でなぞって川を作り、その下に沼を作ったそうです。それが今の千波湖になったそうです。

さらにダイダラボウは、村が洪水になるのを防ぐため、堤防を作る手伝いをし
予想よりもだいぶ早く出来上がってしまったので、村人は大変喜びました。

 

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

思っていた以上にダイダラボウの伝説はいたるところにあるんですね。地元にある伝承など、詳しく調べてみると、面白い発見があるかもしれません。私の住んでいる埼玉にも、巨人にまつわる伝承などが沢山ありますので、これから詳しく調べて行きたいと思います。


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