茨城県の虎塚古墳・十五郎穴など

茨城県ひたちなか市にある国指定史跡『虎塚古墳』と、県指定史跡『十五郎穴』の写真資料です。
虎塚古墳
古墳時代後期に作られたとされる前方後円墳で、前長は56.5m、高さ5.7mほど。昭和48年の発掘調査で、後円部に作られた横穴式の石室の白色粘土が塗られた壁にベンガラ(酸化第二鉄)で彩色された壁画が見つかったそうです。
壁画は春と秋に期間限定で一般公開されています。
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ソラからの情報では、この古墳の壁画の意味は
- 穴の開いた円=いて座(いて座は平等を大事にする星で、ドーナッツのような形で表現される)をあらわしており、二つあるのは、現実とイシキの星をあらわす。
- 半円=クラゲの形で降りて来たイシカミを表現している。
- 杯のような形=イシカミの体から分かれた分身で、前方後円墳などになった。
- 上部の細かい柵=イシジン。
- 棒や点=巨人や小さいイシジン
- 渦巻き=宇宙の大元から分身のホシノミナが地球にやってきたこと。
- 上部の周りのトゲトゲ=支配星の蛇が入らないように描いた。
- 三角が上下になっている=この絵の意味がわかった時が天と地のイシキの交流ができる時
- 左側の丸と弓状=太陽系の星(水、金,火、木、土、冥)と月
- 左側の丸の数が三つ増えている=天王星、海王星、そして木星と水星の間にあり、地球の助けに彗星として突っ込んだルシファーです。
- 下の長方形=この石室を教えてくれたシリウスの現実と、イシキの星をあらわしています。
引用元:https://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20061109220610
となっています。
古墳を制作したイシキの方は、ここの名前について、支配星に支配された権力者によってつけられた名前なので、変えて欲しいと訴えているそうです。(虎は支配星が送り込んだ動物)
十五郎穴
古墳時代末期から奈良時代に作られた集団の墓地とされている史跡です。川岸の崖の壁面の凝灰岩を掘って作られました。ソラの情報によると、実際はここにはイシジンが住んでいたそうで、ここのイシジンが壁画を描いたと言われています。
- 虎塚古墳の案内板
- 虎塚古墳
- 石室のレプリカの壁画1
- 石室のレプリカの壁画2
- 石室のレプリカの壁画3
- 土偶1
- 土偶2
- 土偶3
- 土器1
- 土器2
- 土器3
- 土器4
- 石臼
- 石剣
- 石斧
- 石人山古墳
- 千金甲古墳
- 日ノ岡古墳
- 十五郎穴の案内板
- 十五郎穴1
- 十五郎穴2
- 十五郎穴3
- 十五郎穴4
- 十五郎穴5
- 十五郎穴6
- 寺前前方後円墳の案内
- 寺前前方後円墳
写真は2006/11月(撮影者:soranoko)