東大和市の巨人伝説〜多摩湖付近の大多羅法師の井戸や頭像

日本各地に伝わるダイダラボッチの伝説。

世界にもこうした巨人伝説は数多く残されていますが、巨人の存在を裏付けるような決定的な証拠が存在していない現代、その言い伝えは半ばおとぎ話のようになっています。

しかしよくよく考えてもみると、何故こんなにも多くの巨人伝説が語り継がれ、また古代には科学では証明出来ない数多くの巨石文化、遺跡が残っているのか。

古代には人知を超えた、現代人の知る由もない文化が存在していたことは、紛れも無い事実だと思います。

 

現代の学問の研究ではまだまだ解明することは困難そうですが、地球の謎解きさんでは、チャネリングによってお知らせ頂いた古代人からのメッセージを公開されています。それらは到底今の私達の価値観からは予測もつかない情報ですが、詳細に知らされる情報は色々検証していくと曖昧な点も多々ありますが、不可解だった

  • なぜ巨石文明が発展していたのか
  • それらは何の為に利用されていたのか
  • 人間の暮らしがどのようにして発展していったのか

 

など、その情報を照らし合わせて考えてみるととてもつじつまが合い、納得できる要素が沢山ありました。私はこの情報にありますように、巨人は存在していたのではないか』と考えています。

日本の縄文時代の中では人口が一番多いとされていた縄文中期でも、総人口は26万人ほどだったそうです。この時代から農耕が発達していったといわれていますが、知恵を与えたのは一体どこが発祥だったのだろうとか、今より人口も機械も発達していなかった時代になぜ巨大な遺跡や古墳が数多く遺されているのだろうかとか、常識的に考えると、どの定説も疑問を持たざるを得ません。

 

そんなこんなで、日本や世界各地の巨人伝説を詳しくご紹介していきたいと思います。今回は東京都東大和市のダイダラボッチの伝説についてご紹介いたします。

 

多摩湖に伝わるダイダラボッチ

西武狭山線の西武球場前駅から徒歩10分ほどの場所にある、多摩湖橋近くの慶性門(けいしょうもん)の横道が小高い丘になっており、そこは『大多羅法師の丘』と呼ばれ、頂上にはダイダラボッチの頭像があります。


狭山公園案内板

 

慶性門
慶性門

 

慶性門の説明板
慶性門説明板

 

ダイダラボッチの頭像
ダイダラボッチの頭像

多摩湖付近にはダイダラボッチにまつわる数多くの言い伝えが遺されており、その昔多摩川から立川を通り、狭山方面に向かっていったのではとされています。

ダイダラボッチの伝説案内板
ダイダラボッチの伝説(※クリックして拡大します)

東大和市郷土博物館の刊行物である『東大和のよもやまばなし』という、地域に語られているエピソード集には、ダイダラボッチの伝説が書かれているそうです。ダイダラボッチの丘にも案内板にお話が書かれていましたが、詳しく東大和今昔さんのサイトに内容が記載されていましたので、内容をご紹介いたします。

その昔ダイダラボッチは狭山の丘に住んでいたそうな。藤のつるでできたカゴで山を背負い、のしのしと歩いていたら、藤のつるがプツリと切れてしまい、背中に背負っていた山を落としてしまいました。その時に踏ん張って沈み込んだ足あとが大きな穴になり、現在の武蔵村山市の丸山にはダイダラボッチがなまった『デンドロの井戸』という名称で今も残っています。

そして落とした山がデンドロの井戸のある武蔵村山市の丸山(向山)と、富士山になったといわれています。さらに足を滑らせて跳ね上がった土が伊豆七島になったとも。

スケールが大きすぎて、誇張している部分もありそうですが、日本各地に伝わっているダイダラボッチの伝説は、どれも山や川を作ったり、人間が住みやすいように土地を形成した話が多く、山を背負っていたり、足あとを残したりと巨人を思わせる話が多いです。

こちらの記事も合わせてご覧ください。

日本の巨人伝説は全国各地に伝承されていた?ダイダラボッチほか

茨城の巨人伝説-貝塚はダイダラボウが作ったものだった?

 

 

東大和市郷土博物館

多摩湖橋を渡り、整備された散歩道を3キロ程歩くと東大和市郷土博物館にたどり着きます。こちらでは縄文土器や東大和市の歴史などが展示されていました。この辺一帯は太平洋戦争の際、航空機のエンジンを作る軍需工場があったそうで、被害が大きい場所だったそうです。

東大和市郷土博物館
博物館

 

縄文土器
縄文土器

 

村山貯水池建設現場の写真
村山貯水池(現在の多摩湖)工事の様子の写真

 

タコ突きの写真
タコ突きの様子の写真

 

タコ突き説明
タコ突きの説明
大正時代初期から工事が始まった村山貯水池(多摩湖)建設現場の様子では、人力で地固めや足場組みを行い、約10年の歳月をかけて作られたそうです。重機もなく人手のみで貯水池を作るのはとても大変な事がわかります。
写真は全て2016年1月9日soranoko撮影


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